代謝性アシドーシス

アニオンギャップ上昇代謝性アシドーシス

  • AGが上昇する代謝性アシドーシスは不揮発酸の蓄積が原因である。乳酸アシドーシス、ケトアシドーシス、尿毒症、薬物中毒などがある。

 

原因

蓄積する酸

L-乳酸アシドーシス

ショックなどの組織低酸素、ビタミンB1欠乏

L乳酸

D-乳酸アシドーシス

抗生剤、腸管麻痺、短腸症候群などによる腸内細菌の異常増殖

D乳酸

ケトアシドーシス

インスリン不全、アルコール、絶食

βヒドロキシ酪酸

尿毒症

末期腎不全

硫酸、リン酸

中毒

メタノール

蟻酸

エチレングリコール

グリコール酸、蓚酸

トルエン

馬尿酸

パラアルデヒド

パラアルデヒド

 

乳酸アシドーシス

  • 乳酸アシドーシスはショックなどによる組織低酸素、またはビタミンB1欠乏による嫌気性代謝の結果生じるL乳酸の蓄積によるものと、抗生剤投与、腸管麻痺、短腸症候群などによる腸内細菌の異常増殖によって生じるD乳酸によるものがある。D乳酸は通常の測定方法では検出できないので、乳酸が検出されなくても否定できない。

ケトアシドーシス

  • ケトアシドーシスはインスリン不足、絶食による飢餓状態、アルコール中毒などで起こる。
  • 糖尿病性ケトアシドーシスはほとんどがインスリン依存型糖尿病(Ⅰ型糖尿病)で起こる。高血糖かつ血清または尿中ケトン体が陽性でありAG上昇を伴う代謝性アシドーシスがあれば診断される。
  • 飢餓状態では炭水化物の代謝に障害が生じてケトン体の産生が増加する。短期間では腎臓での酸排泄量増大によりアシドーシスは軽度に留まる。長期にわたるとアシドーシスが進行するが、今度は高ケトン血症よりインスリン分泌作用が起こり通常[HCO3-]は18mEq/l以下にはならない。
  • アルコール性ケトアシドーシスはアルコール中毒と飢餓状態の双方が関与している。血糖は50mg/dl以下のこともあれば200~300mg/dlと高値になることもある。混合性酸塩基平衡障害を合併しAGが著明に増加することが多い。ケトン体にはアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸があり一定の平衡関係にある。ケトン体の代謝は脳50%、腎30%で行われ呼気20%で排泄されるが、アセト酪酸しか代謝されない。
  • 高度なアシドーシスの時はβヒドロキシ酪酸が優位で代謝されず、高AG性代謝性アシドーシスとなる。しかし回復期では代謝が行われ、重炭酸イオンが生じるので正AG性アシドーシスを呈する。

尿毒症

  • 腎不全では硫酸、リン酸などの排泄不全が原因でAG上昇を伴う代謝性アシドーシスが生じる。通常GFR<20ml/minで徐々に蓄積するようになる。但しHCO3-の減少に相当するAGの増加が見られないことが多い。AG正常の代謝性アシドーシスも合併しているためである。腎不全単独では重篤な代謝性アシドーシスにならないことが多い。

中毒

  • 有毒性アルコールであるメタノール、エチレングリコールもAG上昇を伴う代謝性アシドーシスの原因となる。病態がはっきりしないAG上昇を伴う代謝性アシドーシスが見られた場合には常にこれらの摂取の可能性を考慮する必要がある。診断と治療が遅れると不可逆かつ致命的な障害を生じる可能性があるからである。自殺目的で服用することが多いが、小児が誤って誤飲することもある。
  • メタノール中毒は腹痛、嘔吐、頭痛、視力障害を伴う。30ml程度のメタノールを摂取するだけでも中毒症状が生じる。100ml以上摂取した場合は致命的になりうる。
  • エチレングリコールは不凍液などに使われメタノール中毒と同じような症状がでる。メタノール中毒のような網膜炎を起さないが腎不全の原因となる。致死量は約100mlである。
  • 以上のような中毒性物質は浸透圧物質でもあり、実測浸透圧と計算上の浸透圧の差が生じる(血清浸透圧ギャップ)。
  • 血漿浸透圧は2×[Na+]+BUN/2.8+glucose/18で計算されるが、通常実測値との差は10~15mmol/lである。
  • アルコール類(メタノール、エチレングリコール、パラアルデヒド)は血漿浸透圧を上昇させる。これらの浸透圧物質があると計算上の血漿浸透圧と実測値の血漿浸透圧の差が大きく開大する。
  • しかし摂取後の時間経過によっては浸透圧ギャップの上昇を認めないこともあり、有毒性アルコール中毒診断には浸透圧ギャップ上昇の有無は感度、特異度共に高くない。
  • サリチル酸中毒はアスピリン内服の既往があり、嘔気や耳鳴が認められる場合。病態不明のAG上昇を伴う代謝性アシドーシスと呼吸性アルカローシスの合併を見た場合または、原因不明の非心原性肺水腫を見た場合に考慮する。治療は重炭酸投与により尿のアルカリ化をはかるが重症の場合は血液透析をおこなう。中枢神経系のブドウ糖濃度が低下するため、血糖値は正常であってもブドウ糖を補充する。
  • トルエン中毒では代謝産物である馬尿酸の蓄積によりAG上昇を伴う代謝性アシドーシスが起きる。但し馬尿酸イオンが尿中にすぐに排泄され、AG正常の代謝性アシドーシスになることも多い。
  • パラアルデヒド、ストリキニーネ、鉄、イソニアジド、パパベリン、テトラサイクリン、硫化水素、一酸化炭素は酸化代謝を阻害することにより乳酸アシドーシスを引き起こす。クエン酸中毒ではクエン酸蓄積による代謝性アシドーシスが起こる。

その他

  • 先天性代謝障害でAG上昇を伴う代謝性アシドーシスを合併する疾患がある。ミトコンドリアミオパシー、糖原病、メープルシロップ病、メチルマロン酸尿症、プロピオン酸血症、イソ吉草酸血症などがある。

 

アニオンギャップ正常代謝性アシドーシス


消化管からのHCO3-排泄過剰

   下痢

   膵胆管ドレナージ

   消化管ドレナージ

   コレスチラミン投与

   尿管S状結腸吻合

腎からのHCO3-排泄過剰

   尿細管性アシドーシス(Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅳ型)

   炭酸脱水素酵素阻害薬

   カリウム保持性利尿薬

その他

   ケトアシドーシスからの回復期

   大量の輸液(希釈性アシドーシス)

   アミノ酸製剤投与

   トルエン中毒

  

  • AG正常の代謝性アシドーシスは腎臓や消化管からのHCO3-喪失が主な原因である。HCO3-の喪失は結果的にHClが血液中に生じることになり、Cl-が増加するためAGは開大しない。
  • 腎臓からHCO3-喪失には尿細管性アシドーシス、炭酸脱水素酵素阻害薬、カリウム保持性利尿薬投与が原因となる。消化管からのHCO3-喪失は下痢、膵・胆管ドレナージ、消化管ドレナージ、コレスチラミン投与、尿管S状結腸吻合でおこる。
  • AG正常の代謝性アシドーシスが腎性か非腎性かの鑑別には尿アニオンギャップと尿浸透圧ギャップの測定が有用である。
  • 尿中の主な陽イオンはNa+、K+、NH4+、主な陰イオンはCl-、HCO3-、リン酸、硫酸であり、総和は等しくなっている。
  • 代謝性アルカローシス以外ではHCO3-は再吸収によりほぼゼロであり、硫酸、リン酸排泄量は一定であるので次の平衡が成り立つ。Na++K++NH4+=80+Cl- これより尿アニオンギャップは以下のように定義される。

尿AG=Na++K+-Cl-=80-NH4+

  • 代謝性アシドーシスでは通常、腎臓はアンモニウムイオン(NH4+)分泌が増加するため尿AGはマイナスとなる。尿AGが正のときはアンモニウムイオンの排泄障害を示す。
  • 尿AGを正しく解釈するには2つの前提が必要である。一つは遠位尿細管に達するNaが極端に少ない場合でこの場合はH+排泄が障害されるため尿アニオンギャップは当てにならない。目安として尿[Na]>20mEq/lが必要である。もう一つはケトアシドーシス時のヒドロキシ酪酸、トルエン中毒時の馬尿酸などのアニオンが存在する場合である。カチオンであるNa、Kの排泄も増えるためH+の排泄が正常でも尿AGはプラスになる。
  • このような時にはカチオン排泄の影響を受けない尿浸透圧ギャップを計算する。尿にNa、K、UN、グルコース以外の浸透圧物質の蓄積があった時に計算上の浸透圧と実測浸透圧に解離が生じることを尿浸透圧ギャップという。

尿浸透圧(mmol/l)=2×(Na++K+)+UN/2.8+glucose/18

  • この計算式でアニオンが増加するときには同時にNa、Kも増加するため、計算式上にもアニオン増加が反映されるので浸透圧ギャップは生じない。
  • 浸透圧ギャップを形成するのはアンモニウム(NH4Cl)である。NH4+もCl-も浸透圧を形成するため尿中アンモニウムイオンは浸透圧ギャップを2で割った値となる。
  • 代謝性アシドーシス時に尿浸透圧ギャップが20mmol/l以下のときは腎臓でのアンモニウム排泄障害があると考える。ケトアシドーシスやトルエン中毒では尿浸透圧ギャップは100以上になる。

消化管からのHCO3-排泄過剰

  • 消化管からのHCO3-喪失でもっとも頻度の高いものは下痢である。
  • 下痢に含まれるHCO3-は通常血清よりも高濃度である。
  • 多くは尿AG<-10mEq/lとなるが、高度の脱水を合併しているときは上記のように尿中Na排泄の低下のためにアンモニウムイオン排泄障害が起き、尿AGがマイナスとならない。尿[Na]>25mEq/lの時のみ尿AG評価可能である。
  • 膵・胆管ドレナージ、消化管ドレナージでも代謝性アシドーシスが起こる。腸液、膵液、胆汁などの消化液にはHCO3-が多量に含まれている。小腸液の1日分泌量は600~1500mlで[HCO3-]=35mEq/l。胆汁は1日500~1000ml分泌され[HCO3-]=40mEq/l。膵液はさらに高濃度で[HCO3-]100mEq/l、分泌量500~2000mlとなり、これらの消化管液の喪失は大量のHCO3-喪失を意味する。
  • コレスチラミンは腸内でHCO3-と結合し腸管粘膜でのCl-とHCO3-の交換が促進され代謝性アシドーシスが生じる。慢性腎臓病ではHCO3-産生能が低下しているため特におこりやすい。
  • 尿管S状結腸吻合では高頻度に代謝性アシドーシスが生じる。腸管に尿をドレナージすることにより消化管内のHCO3-と尿中のNH4+が中和するため、消化管粘膜からのHCO3-吸収が減ってしまうからである。

腎でのHCO3-排泄過剰

  • 尿中尿細管性アシドーシスは近位尿細管でのHCO3-再吸収低下による近位尿細管性アシドーシス(proximal renal tubular acidosis:Ⅱ型RTA)、遠位尿細管でのNH4+分泌障害による遠位尿細管性アシドーシス(distal renal tubular acidosis:Ⅰ型RTA)、二次性低アルドステロン血症による高K性尿細管性アシドーシス(Ⅳ型RTA)に分けられる。
  • Ⅱ型RTAは稀な疾患である。尿細管でのHCO3-再吸収が低下しているため遠位尿細管に多量のHCO3-が流れ込みNa+、K+の排泄も促されるため低K血症を合併する。遠位尿細管でのNH4+が保たれているので高度なアシドーシスにはならず血漿[HCO3-]14~20mEq/lであることが多い。アミノ酸やリン酸、ブドウ糖、尿酸等他の物質も再吸収障害合併もしばしば認められFanconi症候群と呼ばれる。診断はNaHCO3投与後血漿[HCO3-]を正常化後、尿pH、FEHCO3-を測定する。尿pH>7.5、FEHCO3->15%となれば確定診断である。Ⅱ型RTAの原因となるのは多発性骨髄腫での軽鎖による尿細管障害、アミロイドーシス、腎移植後、ビタミンD欠乏、シスチン症、Wilson病、Lowe症候群がある。薬剤ではacetazolamide(ダイアモックス)、ifosfamide(イフォマイド)、アミノグリコシド、valproate(デパケン)、zonisamede(エクセグラン)、重金属が原因となりうる。その他遺伝性、特発性のものもある。
  • Ⅰ型RTAはNH4+排泄障害が原因である。これに関わるのは遠位尿細管でのNH3合成障害、または皮質集合管でのH+分泌障害の2つがある。H+分泌障害は代償性にK+喪失を促し低K血症を合併することが多い。Ⅱ型RTAと比較しアシドーシスは進行性かつ高度であり、アシドーシスによる骨からのCa溶解により骨軟化症、高Ca尿症、尿管結石、腎石灰化がみられる。アシドーシス下での不適切に高い尿pH<5.5とNaHCO3投与によりアシドーシスが補正されたときのFEHCO3<3%も特徴である。尿AGは例外なくプラスになる。原因としては尿路閉塞、シェーグレン症候群、シクロスポリン腎症などが多い。その他にⅠ型RTAを合併する疾患、薬剤を列挙する。Wilson病、鎌状赤血球症、Ehlaers-Danlos症候群、ビタミンD抵抗性くる病、腎移植後、逆流性腎症、海綿腎、SLE、原発性胆汁性肝硬変、慢性甲状腺炎、関節リウマチ、自己免疫性肝炎、高Ca血/尿症、副甲状腺機能亢進症、ビタミンD中毒、特発性/家族性高Ca尿症、アイミロイドーシス、クリオグロブリン血症、高γグロブリン血症、amphotericinB(ファンギゾン)、litium(リーマス)、ST合剤(バクタ)、pentamidine(ベナンバックス)、NSAIDsなどである。
  • 高K性尿細管性アシドーシス(Ⅳ型RTA)はアルドステロン欠乏か作用不全により生じる。高K血症を伴った軽度の代謝性アシドーシスで血漿[HCO3-]>17mEq/lのことがほとんどである。尿酸性化能は保たれているため、アシドーシスの際には尿pHは低下する。尿AGはプラスであることが多い。NaHCO3投与による[HCO3-]正常化時のFEHCO3-は<3%である。Ⅳ型RTAは慢性腎不全特に糖尿病性腎症でしばしばみられる。その他には副腎不全、ループス腎炎、HIV腎症、間質性腎炎、腎移植後、閉塞性腎症、ACEI/ARB、NSAIDs、heparin、spironolactone(アルダクトンA)、ST合剤(バクタ)、pentamidine(ベナンバックス)、calcineurin inhibitors(シクロスポリン、タクロリムス)、β遮断薬、メシル酸ナファモスタット(フサン)、偽性低アルドステロン症(常染色体優性、劣性遺伝)でみられる。

その他

  • その他のAG正常代謝性アシドーシスの原因はケトアシドーシスからの回復期、大量の輸液(希釈性アシドーシス)、アミノ酸製剤投与、トルエン中毒がある。
  • 糖尿病性ケトアシドーシスの初期にはケトン体上昇の分だけHCO3-減少が起こり、AG上昇を伴う代謝性アシドーシスとなる。しかし補液や飲水により脱水が補正され腎血流が回復すると大量のケトン体が尿中に排泄される。この結果AGが正常化し、AG正常の代謝性アシドーシスとなる。
  • 希釈性アシドーシスは体液量が急速に増加することが原因で希釈により血清[HCO3-]が低下しアシドーシスになる。生理食塩水によるものが有名だが5%ブドウ糖輸液でもおこり得る。しかし希釈性アシドーシスは外液が30-40%増えてもHCO3-は2~3程度しか下がらないので臨床的なインパクトは乏しいであろう。(Kindey International 1975,8:279)