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AG正常の代謝性アシドーシスは腎臓や消化管からのHCO3-喪失が主な原因である。HCO3-の喪失は結果的にHClが血液中に生じることになり、Cl-が増加するためAGは開大しない。
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腎臓からHCO3-喪失には尿細管性アシドーシス、炭酸脱水素酵素阻害薬、カリウム保持性利尿薬投与が原因となる。消化管からのHCO3-喪失は下痢、膵・胆管ドレナージ、消化管ドレナージ、コレスチラミン投与、尿管S状結腸吻合でおこる。
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AG正常の代謝性アシドーシスが腎性か非腎性かの鑑別には尿アニオンギャップと尿浸透圧ギャップの測定が有用である。
- 尿中の主な陽イオンはNa+、K+、NH4+、主な陰イオンはCl-、HCO3-、リン酸、硫酸であり、総和は等しくなっている。
- 代謝性アルカローシス以外ではHCO3-は再吸収によりほぼゼロであり、硫酸、リン酸排泄量は一定であるので次の平衡が成り立つ。Na++K++NH4+=80+Cl- これより尿アニオンギャップは以下のように定義される。
尿AG=Na++K+-Cl-=80-NH4+
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代謝性アシドーシスでは通常、腎臓はアンモニウムイオン(NH4+)分泌が増加するため尿AGはマイナスとなる。尿AGが正のときはアンモニウムイオンの排泄障害を示す。
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尿AGを正しく解釈するには2つの前提が必要である。一つは遠位尿細管に達するNaが極端に少ない場合でこの場合はH+排泄が障害されるため尿アニオンギャップは当てにならない。目安として尿[Na]>20mEq/lが必要である。もう一つはケトアシドーシス時のヒドロキシ酪酸、トルエン中毒時の馬尿酸などのアニオンが存在する場合である。カチオンであるNa、Kの排泄も増えるためH+の排泄が正常でも尿AGはプラスになる。
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このような時にはカチオン排泄の影響を受けない尿浸透圧ギャップを計算する。尿にNa、K、UN、グルコース以外の浸透圧物質の蓄積があった時に計算上の浸透圧と実測浸透圧に解離が生じることを尿浸透圧ギャップという。
尿浸透圧(mmol/l)=2×(Na++K+)+UN/2.8+glucose/18
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この計算式でアニオンが増加するときには同時にNa、Kも増加するため、計算式上にもアニオン増加が反映されるので浸透圧ギャップは生じない。
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浸透圧ギャップを形成するのはアンモニウム(NH4Cl)である。NH4+もCl-も浸透圧を形成するため尿中アンモニウムイオンは浸透圧ギャップを2で割った値となる。
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代謝性アシドーシス時に尿浸透圧ギャップが20mmol/l以下のときは腎臓でのアンモニウム排泄障害があると考える。ケトアシドーシスやトルエン中毒では尿浸透圧ギャップは100以上になる。
消化管からのHCO3-排泄過剰
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消化管からのHCO3-喪失でもっとも頻度の高いものは下痢である。
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下痢に含まれるHCO3-は通常血清よりも高濃度である。
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多くは尿AG<-10mEq/lとなるが、高度の脱水を合併しているときは上記のように尿中Na排泄の低下のためにアンモニウムイオン排泄障害が起き、尿AGがマイナスとならない。尿[Na]>25mEq/lの時のみ尿AG評価可能である。
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膵・胆管ドレナージ、消化管ドレナージでも代謝性アシドーシスが起こる。腸液、膵液、胆汁などの消化液にはHCO3-が多量に含まれている。小腸液の1日分泌量は600~1500mlで[HCO3-]=35mEq/l。胆汁は1日500~1000ml分泌され[HCO3-]=40mEq/l。膵液はさらに高濃度で[HCO3-]100mEq/l、分泌量500~2000mlとなり、これらの消化管液の喪失は大量のHCO3-喪失を意味する。
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コレスチラミンは腸内でHCO3-と結合し腸管粘膜でのCl-とHCO3-の交換が促進され代謝性アシドーシスが生じる。慢性腎臓病ではHCO3-産生能が低下しているため特におこりやすい。
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尿管S状結腸吻合では高頻度に代謝性アシドーシスが生じる。腸管に尿をドレナージすることにより消化管内のHCO3-と尿中のNH4+が中和するため、消化管粘膜からのHCO3-吸収が減ってしまうからである。
腎でのHCO3-排泄過剰
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尿中尿細管性アシドーシスは近位尿細管でのHCO3-再吸収低下による近位尿細管性アシドーシス(proximal renal tubular acidosis:Ⅱ型RTA)、遠位尿細管でのNH4+分泌障害による遠位尿細管性アシドーシス(distal renal tubular
acidosis:Ⅰ型RTA)、二次性低アルドステロン血症による高K性尿細管性アシドーシス(Ⅳ型RTA)に分けられる。
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Ⅱ型RTAは稀な疾患である。尿細管でのHCO3-再吸収が低下しているため遠位尿細管に多量のHCO3-が流れ込みNa+、K+の排泄も促されるため低K血症を合併する。遠位尿細管でのNH4+が保たれているので高度なアシドーシスにはならず血漿[HCO3-]14~20mEq/lであることが多い。アミノ酸やリン酸、ブドウ糖、尿酸等他の物質も再吸収障害合併もしばしば認められFanconi症候群と呼ばれる。診断はNaHCO3投与後血漿[HCO3-]を正常化後、尿pH、FEHCO3-を測定する。尿pH>7.5、FEHCO3->15%となれば確定診断である。Ⅱ型RTAの原因となるのは多発性骨髄腫での軽鎖による尿細管障害、アミロイドーシス、腎移植後、ビタミンD欠乏、シスチン症、Wilson病、Lowe症候群がある。薬剤ではacetazolamide(ダイアモックス)、ifosfamide(イフォマイド)、アミノグリコシド、valproate(デパケン)、zonisamede(エクセグラン)、重金属が原因となりうる。その他遺伝性、特発性のものもある。
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Ⅰ型RTAはNH4+排泄障害が原因である。これに関わるのは遠位尿細管でのNH3合成障害、または皮質集合管でのH+分泌障害の2つがある。H+分泌障害は代償性にK+喪失を促し低K血症を合併することが多い。Ⅱ型RTAと比較しアシドーシスは進行性かつ高度であり、アシドーシスによる骨からのCa溶解により骨軟化症、高Ca尿症、尿管結石、腎石灰化がみられる。アシドーシス下での不適切に高い尿pH<5.5とNaHCO3投与によりアシドーシスが補正されたときのFEHCO3<3%も特徴である。尿AGは例外なくプラスになる。原因としては尿路閉塞、シェーグレン症候群、シクロスポリン腎症などが多い。その他にⅠ型RTAを合併する疾患、薬剤を列挙する。Wilson病、鎌状赤血球症、Ehlaers-Danlos症候群、ビタミンD抵抗性くる病、腎移植後、逆流性腎症、海綿腎、SLE、原発性胆汁性肝硬変、慢性甲状腺炎、関節リウマチ、自己免疫性肝炎、高Ca血/尿症、副甲状腺機能亢進症、ビタミンD中毒、特発性/家族性高Ca尿症、アイミロイドーシス、クリオグロブリン血症、高γグロブリン血症、amphotericinB(ファンギゾン)、litium(リーマス)、ST合剤(バクタ)、pentamidine(ベナンバックス)、NSAIDsなどである。
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高K性尿細管性アシドーシス(Ⅳ型RTA)はアルドステロン欠乏か作用不全により生じる。高K血症を伴った軽度の代謝性アシドーシスで血漿[HCO3-]>17mEq/lのことがほとんどである。尿酸性化能は保たれているため、アシドーシスの際には尿pHは低下する。尿AGはプラスであることが多い。NaHCO3投与による[HCO3-]正常化時のFEHCO3-は<3%である。Ⅳ型RTAは慢性腎不全特に糖尿病性腎症でしばしばみられる。その他には副腎不全、ループス腎炎、HIV腎症、間質性腎炎、腎移植後、閉塞性腎症、ACEI/ARB、NSAIDs、heparin、spironolactone(アルダクトンA)、ST合剤(バクタ)、pentamidine(ベナンバックス)、calcineurin
inhibitors(シクロスポリン、タクロリムス)、β遮断薬、メシル酸ナファモスタット(フサン)、偽性低アルドステロン症(常染色体優性、劣性遺伝)でみられる。
その他
- その他のAG正常代謝性アシドーシスの原因はケトアシドーシスからの回復期、大量の輸液(希釈性アシドーシス)、アミノ酸製剤投与、トルエン中毒がある。
- 糖尿病性ケトアシドーシスの初期にはケトン体上昇の分だけHCO3-減少が起こり、AG上昇を伴う代謝性アシドーシスとなる。しかし補液や飲水により脱水が補正され腎血流が回復すると大量のケトン体が尿中に排泄される。この結果AGが正常化し、AG正常の代謝性アシドーシスとなる。
- 希釈性アシドーシスは体液量が急速に増加することが原因で希釈により血清[HCO3-]が低下しアシドーシスになる。生理食塩水によるものが有名だが5%ブドウ糖輸液でもおこり得る。しかし希釈性アシドーシスは外液が30-40%増えてもHCO3-は2~3程度しか下がらないので臨床的なインパクトは乏しいであろう。(Kindey International 1975,8:279)