腎不全の鑑別

  • 腎障害が疑われたときには急性/慢性、腎前性/腎性/腎後性腎不全の鑑別が必要である。
  • 近年、CKD(chronic kidney disease:慢性腎臓病)やAKI(acute kidney injury:急性腎障害)などの概念が提唱され、血清Cr上昇以前に腎障害を発見し治療介入がなされるようになっており、従来よりも広義に腎障害が捉らえられるようになった。
  • しかしここでは初診時に明確な腎障害、即ち血清Cr濃度、BUN上昇を見たときの鑑別を考える。

急性腎不全と慢性腎不全

  • 急性腎障害ではすべてのネフロンが同時に障害を受けるため腎機能障害の進行は急激かつ重篤である。腎臓が担っている水分や電解質、酸塩基平衡の維持機能が破綻している。
  • したがって、水バランス異常、電解質異常、アシドーシスに対して緊急に対処の必要があるため、これらの程度を最優先に評価する。
  • 慢性腎臓病ではネフロンの障害が一部のネフロンから徐々に拡大するため進行は緩徐に起こる。水分/酸塩基平衡は保たれている。
  • 腎不全が急性か慢性かの判断は迅速に治療を開始すべきか、原因検索を優先する余裕があるかを判断する意味で重要である。
  • 具体的に評価すべき項目は自覚症状(吐気、嘔吐、倦怠感)、他覚症状(意識、神経所見)、循環血液量(細胞外液量)の増減、尿検査(一般、沈渣)、腎エコー、心電図、胸部X線写真である。血液検査は以下の項目を評価する。血算、BUN、Cr、TP、Alb、電解質(Na,K,Cl,Ca,P,Mg)、動脈血液ガスである。
  • 嘔気/嘔吐/中枢神経症状/心外膜炎/出血傾向などの尿毒症症状、心電図変化を伴う高K血症、心不全/肺水腫、高度の代謝性アシドーシスを認める場合は急性腎不全と考え迅速に治療を開始する。
  • 慢性腎不全の場合は高血圧、糖尿病などの慢性腎不全の原因となる基礎疾患の確認。健診での尿異常、夜間多尿、浮腫の存在を確認する。貧血(腎性貧血)の合併がしばしば見られる。
  • 但し急性と慢性の区別は必ずしも容易ではない。慢性腎不全に新たな腎不全が合併するAcute on chronicの腎障害も高齢者を中心にしばしばみられる。

腎前性/腎性/腎後性腎不全と原因の鑑別

最も重要なのは経過である

  • 原因疾患を想定するために一番大事なのは経過である。
  • 前医や健診での情報があるなら是非入手したい。基礎疾患、BUN/Crなどの腎機能の経時的推移。蛋白尿をはじめとする尿所見、腎生検所見などが有力な情報になる。

《Crの逆数プロット》日本腎臓学会、日本高血圧学会のCKD診療ガイドより

  • 慢性腎不全の自然経過か、新たな腎障害が加わったかの判断には血清Crの逆数を長期間プロットしてみるとよい。
  • 現在の腎障害が自然経過で起きたものの場合はほぼこの直線状に位置する。

腎臓超音波検査は必須

  • 腎臓超音波検査は急性/慢性、腎前性/腎性/腎後性腎不全の鑑別には必須の検査である。
  • 超音波検査で最も大切なのは腎サイズである。正常の腎サイズはおよそ長径10±1cm、短径4~5cmである。
  • 急性腎不全では必ず腎サイズが正常または腫大している。
  • 慢性腎不全では糖尿病性腎症(進行期の萎縮が初期の腫大と相殺される)、アミロイドーシス/Fabry病などの異常な物質が蓄積される疾患を除き萎縮が見られる。腎実質(周辺のエコー輝度の低い部分)の厚みが薄くなる。また腎実質のエコー輝度が上昇し皮質、髄質の境界や実質と中心高エコー部分(central echo complex:CECと呼ばれ脂肪、血管、腎盂/腎杯からなる複合体)との境界も明瞭でなくなる。輪郭が凹凸不整などの所見がしばしば見られる。
  • 急性腎不全が推測される場合、腎後性腎不全の原因となる尿路の閉塞による水腎症の有無を観察する。水腎症では膀胱も同時に観察し尿路閉塞が膀胱より上流か下流かを判断する。
  • 腎性急性腎不全では皮質のエコー輝度上昇が見られる。髄質の低エコーは保たれるため全体が白っぽい腎臓の中に髄質の黒い島が抜けて見える像になる。急性尿細管壊死、半月体形成性腎炎、溶血性尿毒症症候群、播種性血管内凝固症候群などによる急性腎性腎不全に共通の所見である。
  • 腎前性急性腎不全では腎エコーで異常が見られない。
  • 腎エコーで他に観察すべきポイントは嚢胞(多発性嚢胞腎)、結石、腫瘍(局所的な輪郭線の膨隆、CECの圧排変形に注意)、natcracker現象(血尿患者において腹部大動脈血栓症と上腸間膜動脈の間に挟まれ拡張した左腎静脈がみられることがある)など。

腎不全の鑑別

以下の病歴や身体所見を参考にして鑑別診断を進める

●病歴

 ①既往歴

  • 糖尿病、高血圧、尿路感染症や尿路疾患、心疾患、脳血管障害。
  • 健診での蛋白尿、血尿、高血圧指摘。
  • 妊娠歴と妊娠中の高血圧や蛋白尿。
  • 上気道感染後の血尿や浮腫。
  • 急性腎不全、手術歴、化学療法歴、造影剤使用歴。

 ②家族歴:多発性嚢胞腎、Alport症候群、Fabry病、IgA腎症

 ③生活歴:喫煙、アルコール多飲、サプリメント摂取歴

 ④服薬歴:ACE-I/ARB、NSAIDs、漢方薬

 

●身体所見

  • 意識レベル尿毒症、またはHUS/TTPでの変動する意識障害。
  • 眼底糖尿病性網膜症、高血圧性眼底、コレステロール塞栓。
  • 角膜Fabry病で角膜混濁、Alport症候群で円錐角膜。
  • 結膜貧血、黄疸の有無。
  • 眼瞼浮腫ネフローゼ症候群
  • 難聴アミノグリコシド、ループ利尿薬、Alport症候群
  • アミロイドーシスの巨舌
  • 扁桃腫大:溶連菌感染後糸球体腎炎、IgA腎症
  • 頚静脈怒張→心不全、雑音→動脈硬化
  • 心雑音、心膜摩擦音:心不全、尿毒症性心外膜炎
  • 胸膜摩擦音(胸膜炎):尿毒症、膠原病/リウマチ
  • 腹部血管雑音腎動脈狭窄
  • 腎触診多発性嚢胞腎、叩打痛で急性腎盂腎炎、腎梗塞
  • 腹部圧痛:Henoch-Schonlein紫斑病(HSP)やコレステロール塞栓による腹痛、虚血性腸炎による血便
  • 前立腺:尿閉
  • 紫斑:HSP、出血傾向、コレステロール塞栓
  • 関節:リウマチや膠原病による関節腫脹/変形/皮膚硬化
  • 手指:レイノー症状や動脈硬化による循環障害
  • 爪の点状出血(感染性心内膜炎)

●検査所見

・BUN、Cr、尿蛋白、血尿

 

蛋白尿のみ

 

  • ある程度以上(1g/日)の蛋白尿を認めれば糸球体病変があると考える。
  • 微小変化型ネフローゼ、膜性腎症、糖尿病性腎症、アミロイドーシスが鑑別に挙がる。

 

 蛋白尿/血尿

 

  • 円柱や変形赤血球を伴う糸球体性血尿がある場合は腎炎である。
  • 半月体形成性糸球体腎炎、膜性増殖性糸球体腎炎、巣状糸球体硬化症、メサンギウム増殖性腎炎、Fibrially/Immunotactoid腎炎など。

 

尿異常に乏しく

BUN/Cr上昇

 

  • 尿細管間質性腎炎、血管性病変による腎障害(糸球体血管症候群)を考える。
  • 糸球体血管症候群は溶血性尿毒症症候群、血栓性血小板減少性紫斑病、抗リン脂質抗体症候群、コレステロール塞栓症が鑑別となる

 

 

  • 血液培養:感染性心内膜炎、シャント腎炎、深部膿瘍
  • 自己抗体

 

抗核抗体/抗ds-DNA抗体/抗Sm抗体/抗RNP抗体 ループス腎炎
 抗SS-A抗体/抗SS-B抗体  シェーグレン症候群による尿細管間質性腎炎
抗Scl-70抗体/抗セントロメア抗体、抗RNAポリメラーゼⅢ抗体 強皮症腎
抗カルジオリピン抗体/ループスアンチコアグラント 抗リン脂質抗体症候群
MPO-ANCA/RP3-ANCA ANCA関連血管炎、感染性心内膜炎
抗GBM抗体 Goodpasture症候群、抗GBM腎炎
クリオグロブロン クリオグロブリン血管炎
  • 感染症

 

TPHA/RPR 梅毒による膜性腎症
 HIV抗体  HIV腎症
HBs抗原 膜性腎症が多いが血管炎もある
HCV抗体 膜性増殖性糸球体腎炎、クリオグロブリン血管炎、時に膜性腎症
ASO 溶連菌感染後糸球体腎炎
  • 血清蛋白 
α‐ガラクトシダーゼA活性 Fabry病
 血清/尿蛋白免疫電気泳動  パラプロテイン血症による腎障害
C3/C4/CH50 ループス腎炎、溶連菌感染後糸球体腎炎、クリオグロブリン血症
IgM/IgA/IgG/IgG4 骨髄腫、IgA腎症、IgG4関連腎症

腎生検の適応と禁忌

①腎生検の適応

  • 検尿異常、ネフローゼ症候群、原因の特定できないAKI、移植腎である。
  • 検尿異常では血尿のみの場合は尿沈渣で赤血球円柱や変形赤血球が多数認められる場合に適応となる。この場合IgA腎症などの原発性糸球体疾患やAlport症候群が想定される。
  • 血尿はあるが変形赤血球/円柱が認められない時は尿路系の悪性腫瘍を想定して尿細胞診を行う。また40歳以上の男性や喫煙歴がある場合はPSAを測定し膀胱鏡検査の適応判断を泌尿器科に仰ぐ。
  • 蛋白尿のみの場合は1日尿蛋白0.5g/日(複数回のスポット尿で0.5g/gCrでの代用も可能)以上の時。
  • 血尿、蛋白尿を同時に認められる場合は腎炎が強く疑われるため蛋白尿が0.5g/日以下でも腎生検を考慮する。
  • 成人の原発性ネフローゼ症候群は組織型や疾患活動性により治療方針が変わるためほぼ全例腎生検を検討する。
  • 2次性ネフローゼ症候群では糖尿病性腎症が最多である。糖尿病患者で神経症、網膜症が合併している場合はネフローゼ症候群の原因は糖尿病性腎症であると判断し腎生検は行われないことが多い。しかし神経症、網膜症合併が無いにも関わらずネフローゼ症候群が生じた場合や血尿が認められる場合は腎生検の適応がある。
  • 小児の場合は微小変化群であることが多いので治療抵抗例でのみ適応となる。
  • 急性腎不全での腎生検適応は発症状況や尿所見から診断がつかないかいまたは針の決定に迷うときは適応となる。

②腎生検の禁忌

  • 出血傾向、片腎(機能的なものも含む)、多発性嚢胞腎、水腎症、萎縮腎(概ね直径8cm以下)、管理。困難な全身合併症(重症高血圧、敗血症)、妊娠、呼吸障害、心不全、知能や精神状態の問題で安静が保てなかったり指示に従えない場合