薬剤性腎障害

  • 腎臓は薬剤排泄の主な経路であり薬剤による障害を受けやすい。
  • 薬剤により多彩な機序による障害が起こる。ひとつの薬剤が異なる機序の腎障害を引き起こすこともある。
  • 高齢者では合併症のため薬剤の種類も多く、薬物相互作用や腎障害を起こしやすい薬剤の重複投与により予想以上に薬剤血中濃度が高まるリスクが高い。また筋肉量が少ないため、腎機能障害があっても血清Cr値は見かけ上正常に見える。そのため血中濃度上昇のリスクが認識されにくく、腎障害の発見も遅れがちとなる。
  • 腎障害の原因となる薬剤は抗菌薬37.2%、NSADs25.6%、抗腫瘍薬14.8%、造影剤5.8%、抗リウマチ薬5.8%という統計があり、抗菌薬とNSAIDsは特に注意が必要である。(厚生省特定疾患進行性腎障害調査研究班。平成3年度研究業績集、p71-74)
  • 腎障害は以下のタイプに分けられる

薬剤性腎障害の種類

薬剤性腎障害は以下のタイプに分類される

  1. 血行動態の変化による腎障害
  2. 急性尿細管壊死(ATN)
  3. 腎乳頭壊死
  4. 急性尿細管間質性腎炎(acute tubulointerstitial nephritis:ATIN)
  5. 結晶閉塞性腎症
  6. Thrombotic microangiopathy(TMA:血栓性微小血管症)
  7. 浸透圧性腎症
  8. 糸球体腎炎

血行動態による腎障害

  • 輸入細動脈と輸出細動脈の収縮/拡張のバランスがくずれることが原因
  • 腎前性腎障害のパターンとなる。
  • Cyclosporine(CsA)、Tacrolimus(TAC)、ACE-I、ARB、アンホテリシンB(AMP-B)、NSAIDsで起こりうる。

カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン、タクロリムス)

  • 腎血管収縮による糸球体濾過量の低下と血管内皮障害

アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACE-I/ARB)

  • 輸入細動脈を収縮させ輸出細動脈を拡張する。
  • 糸球体濾過圧が低下し腎保護として働くが、同時に腎前性の腎機能障害の原因となる。

アンホテリシンB

  • 腎血流量の低下による腎障害と尿細管への直接障害作用の両方が関与している。
  • 尿細管障害の結果、尿細管性アシドーシス、腎性尿崩症を合併することがある

NSAIDs

  • 多彩な腎障害を起こしうる。
  • NSAIDsによるプロスタグランディン合成低下→血管拡張作用の減弱→輸入細動脈を収縮により腎前性腎不全を起こすことがある。内服後3~7日で起こる乏尿性急性腎不全である。
  • ネフローゼ症候群を合併する間質性腎炎も起こることがある

急性尿細管壊死(Acute tubular necrosis:ATN)

  • ATNは急性腎障害(AKI)の原因で最も多い。
  • aminoglicoside(AGs)、AMP-B、cisplatin(CDDP)、Vancomycin、セフェム系抗生剤、造影剤で起こりうる。
  • 用量依存性の障害であり中止により腎障害がある程度までは回復することが多い

アミノグリコシド系抗菌薬

  • 十分量を使用するとかなりの頻度で腎障害を起こしうる。またある程度の腎障害を想定して使用する薬剤である。
  • 投与前に十分適応を吟味する必要がある。
  • 初期には尿中NAG/尿β2MGが上昇。次いで多尿/尿浸透圧低下→GFR低下となる。
  • 補液または水分摂取を十分に行うこと、長期使用を避ける(2週間以内)、トラフ値の上昇が腎障害の発生と相関するため、血中濃度のモニタリングや1日1回投与とするなどの対策をとる。

シスプラチン

  • 投与後1~2日で尿中NAG、β2MGの上昇が見られる。
  • Mg吸収不全による尿中排泄増加により約50%の症例で低Mg血症、さらには低Ca血症、低K血症、低Na血症なども合併しうる
  • 生理食塩水の大量輸液などによる強制利尿で軽減可能である。2000~3000mlの輸液を行うと腎障害の頻度を10%程度まで減らせる。

急性間質性腎炎(Acute tubulointerstitial nephritis)

  • 急性間質性腎炎はβラクタム系抗菌薬、Refampicin(RFP)、ニューキノロン系抗菌薬(FQs)、NSAIDsなどで見られる。

βラクタム系抗菌薬

  • 用量非依存性に投与後数日~数週間の潜伏期間を経て発症する。
  • 発熱、皮疹、好酸球増多が3徴で血尿、好酸球尿、高IgE血症を認める。
  • リンパ球幼若化試験で陽性になることもある。
  • 腎生検では単核球、形質細胞、好酸球浸潤、間質の浮腫が起こる。
  • 早期発見できれば薬剤中止のみで回復する。副腎皮質ステロイドは腎機能の回復を早める。
  • ペニシリン系、セフェム系、カルバペネム系、モノバクタム系抗菌薬で起こりうる。
  • 交叉アレルギーに関してはATINの発生の検討ではないが、ペニシリンアレルギーを持つ場合には第1世代セファロスポリンでの交叉アレルギーのリスクが増加するものの第2第3世代では変わらないとの報告がある。(Otolaryngology-Head and Neck Surgery2007;136:340)。諸文献を検討すると80%は投与可能である。アレルギーの既往や皮内テストも参考になるかもしれない。
  • カルバペネムも10%以下に交叉アレルギーをもつことがある。
  • モノバクタムは安全に投与できるとされるが、ceftazidimeとaztreonamは側鎖で同一の構造があり、交叉アレルギーをもつ可能性があるとされる。

リファンピシン

  • 間欠投与や一時中止後の再開時に起きやすい。
  • 体幹部の痛みや高血圧を合併するのが臨床的な特徴でステロイド投与中にも発症することからステロイド治療は無効であると考えられている。
  • 半月体形成を伴う糸球体腎炎の報告もある。
  • 抗結核薬ではIsoniazid、ethambutolによる間質性腎炎も報告されている。

ニューキノロン系抗菌薬

  • 急性間質性腎炎を起こしうるとされているが、まとまった集計はなく頻度は多くないと考えられる。

結晶誘発性腎症

  • アシクロビル、メトトレキセート、アスコルビン酸などで起こるとされる。
  • 大量投与により結晶が尿細管に析出して閉塞する。

アシクロビル

  • ヘルペス脳炎の使用量で薬剤の結晶による尿細管閉塞の報告がある。

メトトレキサート

  • 50~250mg/kgの大量使用で腎障害が起こりうる。
  • 非乏尿性腎不全が多い。
  • 大量輸液や尿のアルカリ化、葉酸製剤で腎障害の軽減できる。

アスコルビン酸(ビタミンC)

  • 代謝物であるシュウ酸がカルシウムと反応して結石を起こすとされる。
  • 但し、2600mgを7年間摂取した例と4500mgのビタミンCを単回投与で高シュウ酸血症が報告されているのみである。

腎乳頭壊死

  • 腎乳頭壊死は腎盂腎炎などの尿路感染症に伴って生じることがある
  • 腎乳頭から髄質に及ぶ虚血性壊死である。
  • 基礎疾患に糖尿病を有するものが多い。
  • 急激な発熱、腰痛、血尿、濃尿を伴い、突然腎不全へと悪化を認める。
  • 感染症では起炎菌は、大腸炎、ブドウ球菌が多い。
  • 薬剤性のものはNSAIDs(アスピリン、ジフルニサル、イブプロフェン、ナプロキセン、フェノプロフェンカルシウム、フルルビプロフェン、ジクロフェナクナトリウム、メフェナム酸、フェニルブタゾン、ピロキシカム、エトドラク、フェナセチン、アセトアミノフェン)やジアフェニルスルホンで起こることがある。
  • 腎乳頭部は、本来血流に乏しい組織なのでNSAIDsの使用により、腎プロスタグランジンの産生が抑制されると、腎乳頭部の血流がさらに低下して障害をきたすこと、また薬物が高濃度に濃縮され毒性が発現しやすいことが原因と考えられている。

血栓性微小血管障害(Thrombotic microangiopathy:TMA)

  • 薬剤性TMAの原因薬剤として知られているのは抗癌剤(マイトマイシンC,ブレオマイシン、シスプテチンなど)、免疫抑制剤(シクロスポリン,タクロリムス)、抗菌薬(セファロスポリン系、ぺニシリン系,リファンピシンなど)、キニジン、チクロピジン、経口避妊薬、H2ブロッカー、高脂血症薬(シンバスタチン、アトロバスタチン)、シルデナフィル、クロピドグレル、ペグインターフェロンなどがある。
  • 奈良医大の集計でADAMTS13との関連が知られているのはチクロピジンで22例中19例にADAMTS13活性の著明低下が見られた。
  • 発生率は1600~5000例に1人と推測されている。同じくシルデナフィル、ペグインターフェロンでも著減していた。一方マイトマイシン、クロピドグレルではADAMTS13活性著減例は見られなかった。他の薬剤でのデータは乏しい。治療は薬剤の中止と特発性TTPに準じた血漿交換を検討する。

浸透圧性腎障害

  • 浸透圧による尿細管障害が原因である。
  • デキストラン、マンニトール、免疫グロブリン大量投与(溶媒としてショ糖が含まれる)、ヒドロキシエチルデンプン(ヘスパンダー®)などの物質が糸球体で濾過され、近位尿細管で細胞内に再吸収される。
  • 細胞内の浸透圧上昇により、水分が細胞内に流入した結果細胞が著明に腫大し、細胞配列が障害。尿細管腔を閉塞して急性腎不全に至る。
  • 脱水や高齢者ではリスクが高い

糸球体腎炎

  • Dペニシラミン、ブシラミンによる金製剤による膜性腎症、NSAIDsによる微小変化型ネフローゼ症候群、ヘロインによる巣状糸球体硬化症が有名である。
  • 関節リウマチでDペニシラミン、ブシラミンは以前はよく使われていたが最近ではMTXや生物製剤などの確実な効果が期待できる薬剤が増えているため、あまり使われなくなっている。
  • 金製剤では注射薬の方が内服薬に比べて膜性腎症の頻度が多い。開始後6~12ヶ月で蛋白尿が出現し、薬剤中止により、9~12ヶ月でゆっくりと改善する。改善までは2~3年かかることもある。

補足1)造影剤腎症

  • ヨード造影剤による腎障害は健常人でも発生しうるがCKDのstageに応じて発症リスクは増える。
  • 使用頻度と使用量に従ってリスクが増大するので使用は最小限にする。
  • NSAIDs、利尿剤、アミノグリコシド系抗生剤、メトフォルミンなどの腎障害を起こしやすい薬剤使用は前後2日程度なるべく使わない。
  • 発症予防のために有効なのは造影剤使用前後の補液である。なるべく等張液が良いとされる(Arch Intern Med2002;162:329)。
  • 0.9%生理食塩水を用いて造影剤使用4 - 12時間前より、造影剤使用後12‐24時間後まで1ml / kg / hrで行う。
  • 心不全や浮腫など体液量過剰の場合、輸液量は減らす必要がある。
  • 尿量は1日2000ml以上を確保したいが利尿剤の使用は避けるべきであるという意見もある(N Engl J Med 1994;331:1416)。
  • 造影剤投与後の血液透析は腎症の発症予防には否定的である(Am J Med2001; 111: 692)。乏尿あるいは無尿の慢性維持血液透析患者においてはなるべく,透析日の午前中に行うことが望ましい。
  • 薬剤による腎障害ではないが、腎不全患者(特に透析患者)において、MRI用ガドリニウム(Ga)造影剤投与後、数日から数週間、時に数年後に皮膚腫脹、硬化、掻痒や疼痛にて発症し、進行すると四指関節拘縮が出現することがある。腎性全身性線維症(NSF:Nephrogenic Systemic Fibrosis)と呼ばれる。顔面や頚部は侵されない。抗核抗体は陰性である。確実な治療はなく症状の改善も見られない。

補足2)ビスホスホネートによる腎障害

  • パミドロン酸(アレディア®)、ゾレドロン酸(ゾメタ®)は悪性腫瘍による高Ca血症に用いられるビスフォスフォネート製剤である。
  • これらの薬剤で急性腎不全が起こることが知られている。
  • ゾレドロン酸による急性腎不全は急性尿細管壊死である。
  • パミドロン酸は虚脱性巣状分節性糸球体硬化症(HIV腎症と同様の病理組織像)によるネフローゼ症候群、間質性腎炎、Fanconi症候群を合併することがある。
  • 投与時間と投与量がリスクとされているため、用量を控えめにゆっくり時間をかけて投与し投与間隔を守ること、定期的に検尿と腎機能検査を行うことが重要である。